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オットー・ワーグナー(Otto Wagner, 1841年7月13日 - 1918年4月11日)はオーストリアの建築家である。「芸術は必要にのみ従う」と主張して、機能性、合理性を重視する近代建築の理念を表現した。新しい造形をめざしたウィーン分離派に参加した。
オットー・ヴァーグナーなどとも表記される。
1841年、ウィーンに生まれる。1863年ウィーン美術学校卒業後、新古典主義建築の 中心地であったベルリンの建築アカデミーで学んだ。1894年以降、ウィーン美術学校の教授になり、後進を指導した。また、1894年以降、ウィーン市の 交通施設・ドナウ整備委員会に参画し、ウィーン環状鉄道の駅舎、トンネル、橋梁(1894-1899年)や都市計画などに関わった。
1897年、画家クリムトを中心にウィーン分離派が結成されると、ワーグナーの教え子オルブリッヒやヨーゼフ・ホフマンが参加。2年後、ワーグナー自身も分離派に加わった(1905年脱退)。
古典主義から出発し、ウィーン分離派参加後、アール・ヌーヴォーの影響を受けた装飾的な作品を造った。これらは過渡期のデザインであったが、郵便貯金局に至って、ガラスに囲まれた中央ホールによって近代建築の抽象的な空間を生み出した。
マジョリカハウス(1898年) 集合住宅
壁面をアール・ヌーヴォー風の植物模様が覆う。
カールスプラッツ駅(1899年)
シュタインホーフ教会堂(1907年)
郵便貯金局(1906年、1912年)壁面の仕上げ石材をビスで留め、張りぼてであることを率直に表現している。
『近代建築』(Moderne Architektur)
ウィーン美術学校の教授就任講義を元にしたもので、近代生活にふさわしい合理的・機能的な建築観を示している(初版1895年。中央公論美術出版からの邦訳は1901年の第3版が底本)。
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